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母の乳がんと手術痕の衝撃
婦人系の病気とプラセンタ

店長コラム:母の乳がんと手術痕の衝撃

昭和52年、私が小学校6年生に上がって夏を迎えようとしている頃、 検査が数回続いていた母の左の乳房に癌が発見されました。

当時母親は40歳でした。

命をも奪う恐ろしい病気という認識はありましたが、 至って元気そうな母を見るにつけ、実感が湧かなかったのも事実です。

その後、早急に左の乳房を摘出しなければならず、慌しく入院日程も決まりました。

とはいえ入院直前まで普通に働いていた母は、 前日になり、仕事から戻るなり、浴室の脱衣場に私(次男坊)を呼び入れました。

「ミチオ」ちょっと来なさい!

12歳にもなって母親から脱衣場に呼ばれ、何を言われるかと思いきや… いきなり「これが癌たい!切る前に触ってみろ!」と、左胸をはだけたのです。

「乳首の真下に板状のしこりがあっどが(あるだろう)!」「痛くも痒くもなか(ない)!」 「そうばってん、これが癌になっとるたい(なっているんだよ)!」

「こっからここまでぜ〜んぶ切って取らにゃ〜ならん(ここからここまで全て切り取らねばならない)!」 と言ったのです。

その範囲は左鎖骨の上から肋骨の一番下までということで、 乳癌ならオッパイだけじゃないのか?と思った私は、一瞬意味が分かりませんでしたが、 癌の転移が恐ろしいので、出来る限り広範囲に肉という肉を全て切り取るというものでした。

癌を触った私の感覚としては、まるで丸い円盤を触っているようで、場所は乳輪の真下で大きさは直径5センチほど、厚みは1センチ弱程度であったと
記憶しています。
もちろんハッキリとコブ(腫瘍)だと分かりました。

ただ、その時点で私は手術の後の状態がまったくイメージできず、 実際に手術後、苦しむ母親を目の当たりにするまで、 事の重大さをしっかり受け止めきれていませんでした。

手術当日、私は10キロ以上自転車をこぎ、母が入院する病院に駆けつけました。

緊張しながら病室に入ると、既に母は手術を終え病室に戻っていました。

目を閉じたままのしかめっ面と粗く大きな呼吸に驚きましたが、 まだ意識は戻っていないということで、 見た目ほど苦痛ではないかもしれないなどと、やや冷静に見ていたところに、 執刀医のT先生が入ってこられました。

父親と共に先生に挨拶したところで、先生が看護士さんに2、3質問をしたかと思えば、 何気なく母親が付けていた手術用のガウンの左側をはぐられました。

と、そのとき! いきなりそこから現れた母の左胸の傷跡に私は息をのみました!

ひどい、ひどすぎる!それが正直な私の第一印象でした。

目を背けることなくじっとその傷跡を見つめながら、
これ以上母を苦しめないでくれ!
誰というわけでもなく、そう思ったのを覚えています。

鎖骨の上の窪みから始まった傷跡は、 心臓の上付近を通過し、 肋骨の一番下の骨の辺りまで達していました。

つまり傷跡が丁度30センチほどあったということです!

30数センチの大きな百足(ムカデ)が母の身体にまとわりついたように見えたのです。

それだけではありません!

骨の周りの肉という肉を全て取り除いておりますから、 摘出した乳房があった左側は、骨の上に皮が一枚乗っているだけなのです!

更に心臓の上付近にはガーゼが貼ってあり、 心臓が鼓動するたびにそのガーゼがピクピクと動いているし、 更にわき腹にはドレンパイプが突き刺されており、何とも恐ろしい光景でした。

術後数日が経過したころ、心臓上部の皮膚を補強するために、 両足の太ももの薄皮を一枚剥ぎ取り、それを貼り付ける手術も行われました。

本人いわく、この薄皮一枚剥ぎ取る作業が何とも薄気味悪かったとのことでした。

10日後、2週間後と順調に回復していきましたが、 左側の肉を骨から引き剥がし、削ぎ取ってあるせいで、 本人には皮が引きつった感覚が残っているらしく、
立ち上がって歩けるようになっても、しばらくは左胸を守るかのように体が傾いて
いました。

ただそれでも、そもそも胸が大きくなかったのだけは不幸中の幸いでした。

なぜなら同室におられた同じ病気のおばちゃんは、あまりにも胸が大きかったため、 片方の胸を摘出した後の体のバランスがひどく悪いのだと自分でおっしゃって
いました。

あれから、三十数年…

医学は格段に進歩し、昔に比べ手術痕も格段に目立たなくなり、修復手術に
おいても技術が高まってきましたが、 当事者の心の傷は今も昔も然程変わりは
ないのだと思います。

ただ、今更ながらに…

そのことに対して一言も愚痴をこぼさなかった母の強さを感じますが、 泊りがけの旅行に行くことが無くなった母を見るにつけ、 心の奥深くにずっしりと残った大きな
傷跡も感じ取ることが出来ます。

温泉、温泉とTVが騒げば騒ぐほど、 旅行をイメージしてほのぼのとする人もいれば、 温泉が傷跡を思い出させてしまう人もいるでしょう…

人前にさらすと驚かれる傷に違いありませんし、本人にそこまで乗り越えろとも
いえません。

ひょっとしたら何がしかの意味があって、 人は「病気から選ばれている」のではないか?

この歳(46歳)になって、ふとそんなことを感じますが、 思い起こせば、母の入院が1ヶ月以上となる中、こんなこともありました。

癌の恐ろしさを嫌というほど知らしめられたといった感覚です。

それは、母と同室で私が見舞いに行くたびに、 あれこれとお菓子をくださる笑顔が可愛いらしいおばちゃんがおられましたが、 ほんの1週間、母の見舞いに行かなかった間に他界されていました。

昨日容体が急変し、亡くなられたと聞いても実感が湧かず…

いつものようにカーテンの陰から…みっちゃん、良く来たね!

これ食べんね!ほらほら…遠慮しないで!

お茶はいらんかい?ジュースがよかろう?

と声が聞こえてきそうでしたが、実際にはその場に誰もおらず、 癌の恐ろしさを知ると同時に、悲しくて仕方ありませんでした。

お腹の調子が悪いからトイレにいくと母に告げ病室を出て一目散にトイレに
駆け込み、声を押し殺して泣いたのを昨日の様に思い出します。

貧乏に喘ぎ、乳癌で入院する前ですら母親はこう言っていました…

「癌のなんのて、いっちょん恐ろしくなか(癌なんて全然怖くない)!」 「ほんなこつ恐ろしかとは、手術代ば払いきるかたい(本当に怖いのは手術代を払えるかだ)!」 「病気ん時、我が体だけ心配しとらっるとは幸せ(病気の時、身体だけ心配しておけるのは幸せ)!」 「金の心配からせにゃならんのは不幸せ(お金の心配が先に立つのは不幸せ)!」 と…

確かに、当時の負担も国保で3割… 一カ月以上仕事を休み、蓄えのない家から数十万円というお金を捻出せねばなりません。

保険も何もあったものではありませんし、 お金が払えず何日も退院させて
もらえなかった母が本当に可愛そうでした。

あの癌、あの手術痕、入院費の支払い、 あれが自分を急速に大人にさせる原動力になったような気がしますし、 あの母の手術痕は、今でも私の体の中のどこかに
存在しているような気がします。

傷跡を差別してはならないが、 傷跡から目を背けたくなるのも人間、 周りに余計な負荷を掛けたくなければ傷を持つものが周りとの接触を避けるが一番、老いても
温泉旅行に行こうとしないのも「母なりの哲学」なのかも知れませんし、その他の
選択肢を思い浮かべても、逆に苦しくなる自分がいることを否定できません。

つまり母と私が、この傷を同じように受け止めているということなのかも知れません。

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